「東南アジアの社会と文化研究会」のお知らせ

第54回<2012/4/27>
日下 渉氏
フィリピン民主主義と道徳政治

第54回「東南アジアの社会と文化研究会」研究会を下記の通り開催します。オープンな研究会ですので、自由にご参加ください。

●日時

2012年4月27日(金)16:00〜18:00 (15:30 開場)

●場所

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
総合研究2号館4階第1講義室(AA401)

●話題提供者

日下 渉氏(京都大学人文科学研究所)

●発表要旨

配布資料

 本報告の課題は、現代フィリピン民主主義を、市民社会で展開される道徳政治という視座から分析することである。ここでいう「道徳政治」とは、善悪の定義をめぐる政治、すなわち知的・道徳的主導権の獲得をめぐるヘゲモニー闘争のことを意味している。
 近年の市民社会論は、中間層が道徳的「市民」として自発的結社を設立し政治に参加することで、民主主義に寄与していると論じてきた。しかし、道徳的「市民」を自負する中間層の政治参加や言説が、貧困層の参加や利益を妨げ、民主主義を阻害してきた事例もある。なぜ「市民」の名を語る中間層は、ある時には民主主義の定着と深化に貢献し、ある時には民主主義を阻害するのであろうか。ひとつの答えは、中間層と「市民」の数が増えれば、民主主義への否定的な影響も減少していくだろうという説である。しかし、この説は正しくない。道徳的「市民」という概念が成立するためには、悪しき「非市民=大衆」という概念が必要であり、こうした道徳的な二項対立の構築そのものが民主主義の危険要因になっているからである。
 要するに、今日、フィリピン民主主義の展開を規定している重要な要因は、市民社会における「我々/彼ら」という道徳的な対立関係の構築である。ただし、先行研究は「市民」と「大衆」の対立関係を固定的に捉えていたり、諸組織の合従連衡や競合ばかりに着目している点で限界を持つ。これらに対して本報告では、市民社会におけるヘゲモニー闘争は、組織化されていない一般の人びとも含めて「我々/彼ら」という道徳的な対立関係を構築しており、その流動的かつ偶発的な変化が民主主義の促進と阻害を規定している、と主張する。さらに本報告では、フィリピンにおける道徳政治の展開を新自由主義と関連付けることで、新自由主義下の民主主義の隘路を明らかにすると同時に、それを打開していく可能性も模索したい。
 

[研究会世話人/事務局]
片岡 樹 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
kataoka(at)asafas.kyoto-u.ac.jp

備考
・事前の参加予約は必要ありません。